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[MITSU YAMAZAKI LLC スタッフインタビュー]第6回:岡野未希(おかのみき)さん

数回にわたってMITSU YAMAZAKI LLCで働くメンバーを紹介していきます。

第6回目は岡野未希(おかのみき)さんです。



MITSU YAMAZAKI LLCに最近新メンバーとして加入された未希さん。

明るくフレンドリーな方なのでずっと前からメンバーだった気がしてしまうほどすっかりチームに溶け込んでいます!


朗らかな性格と華のある外見からは想像がつかないくらいの濃いご経歴とご経験のある未希さんへ、メンバーからの質問も含め、あれこれインタビューさせていただきました!

 

▶︎MITSU YAMAZAKI LLCで働くまでのご経歴を簡単に教えてください!


高校卒業後、カナダへ留学しインテリアデザインを学びつつプロスキーヤーを目指していました。


怪我を機にプロの道を諦め、学校を卒業し、帰国後デザイン事務所に勤務。社会を学びたいと思い立ち、24歳で日本の大学に入学し国際関係を学びました。ボランティアで滞在したネパールで急速な人口増減による地方衰退と都市化問題に直面し、人類が抱く課題の共通性を体感し、課題先進国の日本の地方で地域課題に取り組もうと考え、兵庫県朝来市の生野で地域開発・まちづくりの世界に入りました。

そこで、地域経済の活性や次世代の育成など、様々な分野で地域の人々と協働し政策を実施しました。


その頃まちづくりの勉強でポートランドを訪れた時にPDCで働くみつさん(MITSU YAMAZAKI LLC代表)と出会いました。結婚を機に東京へ移住し、グラフィックデザインの仕事もしつつ、みつさんの紹介で民間の視点で沖縄の地域開発にも従事しました。


その後、国際的な開発の知見も得たいと思い外務省へ入省しODAや国連機関の仕事に携わり、「でもやっぱりもっと現場に近い方が良い!」と思っていたところ、みつさんからお声をかけていただき今に至っています。

左:国連本部にて 中央/右:兵庫県朝来市生野にて

 

▶︎現在、MITSU YAMAZAKI LLCで関わっているプロジェクト、役割や仕事仕事内容を教えてください。


今年度より富山県南砺市井波地域のビジョンづくりに携わっています。出張メンバーとして積極的に現場でみつさんをサポートしています。


以前、地域開発のお仕事をしていたこともあり、久々の現場をとても楽しんでいます!先日初めて井波へ行かせていただき、江戸時代から現代の木彫を巡る街歩きに始まり、御神木の大杉にハグして、見晴らしの良い高台から田んぼと小麦畑が入り混じる散居村の風景に感動。


そして、ウイスキーの香りに包まれたCLT倉庫を訪れ、夜はディープなカラオケ店でみんなで歌い踊る、初っ端からディープな井波を堪能いたしました。素敵な方々の愛が溢れている井波のこれからに携われることを心から嬉しく思います!

 

▶︎海外に出たきっかけを教えてください!


小学校高学年に習い事でしていた合唱団の行事で訪れたオーストラリアが初めての海外でした。その時、今まで出会ったことのない未知の世界と遭遇し、「英語で話して生活するのって楽しそう!」と感じました。


そして、高校2年生の夏休みに一人で行ったニュージーランドでの短期留学の際に、世界中から集まった人々と文化に出会い、世界の広さと深さにワクワク。これらの経験から、新しい世界を見たい気持ち、日本だけでない世界で生きていくことへの関心が芽生えました。


一番大きかったのは、大学進学時に母から「英語を勉強するなら日本の大学じゃなくて海外に行けば?」と言われたこと。「え!いいの!?いく!!」という流れで高校卒業後に私の地球人としての一歩が始まりました!

 

▶︎スキーはいつから始めて、どのくらいのレベルまで到達したのですか?


両親がスキー狂だったので、父の背中におんぶでスキーは1歳くらい!でも、自分で履いて滑ったのは多分3歳ぐらいだと思います。


ずっと基礎スキーをしていて、プロを目指したのは高校卒業後にカナダ留学していた19歳ぐらいの時。夏は学校、冬はウィスラーで山籠り、ビッグカントリーやハーフパイプ、スロープスタイルといった種目で頑張っていました。ローカルの小さいアパレルブランドに商品提供してもらったり、ローカルの小さい大会に出たりしていましたが、結果はイマイチ(笑)


21歳くらいの時、膝の怪我をして寝たきり生活が2ヶ月続きました。スキーに命を賭けれるかと自問自答し、プロは諦めました。


カナダの絶景の中と、スキーをする未希さん

 

▶︎今まで住んだ街で1番好きな街はどこですか?理由は?


大学時代にボランティアで2ヶ月程度住んだネパールの首都、世界遺産の都市、カトマンズです!


人間も動物なんだと体感せざるを得ないこの生物多様性に溢れる街で、私は「持続可能な都市や社会とは何か」を考える上で重要な要素をたくさん学ばせてもらいました。


カトマンズ以外にも、第二の故郷バンクーバーや日本の生野(朝来市)など、私の人生に素敵な彩りと大切な学びを与えてくれた人々と風景があります。とても大切な場所達です。

これからも増えるのかな。楽しみです!


大学時代にボランティアで滞在したパールのカトマンズ

 

▶︎今までに訪れた街で一番住みたい街は何処ですか?


大学時代に短期留学をしていたコペンハーゲンです。


そこら辺のカフェがオシャレ、自転車インフラが最高、2つある図書館がどちらもイケてる、スーパーで買える食材が安くて新鮮、無法地帯のクリスチャニアが面白い、BIGの建築が素晴らしい、ヨーロッパで住むならコペンハーゲンかロンドンだなと思いました。


ロンドンも多文化で癖強くて最高に楽しいですが、コペンの方が治安が良いし住むならコペンハーゲンです!

 

▶︎今後5~10年のキャリア目標は?


正直、真っ白です!

最近、母が失明しまして。母と見えない世界を共に開拓している時に、ユニバーサルデザインという概念に出会いました。まさに衝撃、革命です。


これから先の人生で、ユニバーサルデザインを自分の言語にできるよう、そして10年後には、仕事面でその言語を使いながら、色々と新しい動きを生み出せるようになっていたい、とは思います。

 

▶︎迷った時やつらい時などに思い出す言葉はなんですか?


迷った時は、大学時代に仲良くさせてもらってた妙心寺の奥様の言葉「選択肢がいくつもあるならそれは違う、それしかないってなるまでいくんやで」を思い出し、辛い時には、ニーチェの「人生を最高に旅せよ!」、黒澤映画の名バイプレイヤー志村喬(朝来市の生野出身)の「真剣勝負」や、朝来市の生野で初めてお友達になった元特攻隊の森野さんの「頑張ったらあかんで」という言葉を思い出し、元気をもらっています。

 

多彩なご経験で得られた知識と、まさに地球人といったグローバルな視野の広さををお持ちの未希さん。

MITSU YAMAZAKI LLCでの活躍がさらに楽しみです!


次回は最終回、我らがリーダー、山﨑満広(やまざきみつひろ)さんのインタビューをご紹介します。

お楽しみに!

 

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